劣等感と焦燥感と敗北感のミルフィーユ

26才営業職女性が過去の思い出にすがり続ける無様な様子。

人生は近くで見ると悲劇、遠くで見ると喜劇

 

時々無性に中学~高校時代に心酔していたバンドの曲が聴きたくなったりする。

聴いてしまったら最後、ぶつけようもない懐かしさに飲み込まれそうになる。

 

常々アピールしてきた「高校時代の完璧な思い出」

 

年齢を重ねるごとに、これのありがたみを改めて実感する。

自分の中で納得出来る、後悔のない時期の記憶と、

そんな風に過ごすことが出来たという事実があるだけで、

日常生活でやるせない気持ちに襲われたとしても、気持ちを保つことが出来る。

 

そういうキラキラした記憶を呼び起こしたくなって、

久しぶりに高校時代に書いた日記を読み返したら拍子抜けした。

そして、「人生は近くで見ると悲劇、遠くで見ると喜劇」という言葉を思い出した。

 

何度も言うように、高校時代の思い出は、

私の中でゆるぎない絶対的な最高の3年間としてパッケージングされているけれど、

当時のありのままの言葉を読み返すと、

(一生懸命でキラキラとしている部分もあるけれど、)醜い部分も残されていた。

 

そして、最近の私もまさにこの言葉の通りだ。

毎日の中でテンションの下がることや、ムカつくことはあるけれど、

以前の自分のように必要以上に悲観的になることはないし、

俯瞰的に見た自分の人生に対してポジティブな気持ちを抱くことが出来ている。

 

これが大人というものなのか。

学生時代の知り合いの成功を耳にすれば、思わずネガティブな自分が出てきてしまうけど、

自分の中で絶対的な思い出があるお陰で、必要以上に落ち込んだり妬んだりしなくて済む。

ありきたりな表現だけど、想像していた未来とは違っても、

人と比べず自分が納得できる生き方をしていけばいいんだということを再認識した。

 

やっぱり、ありきたりな表現こそ真理なんだな。

だからこそ、同じような内容が言い回しを変えて何度も語られるのだろうな。