劣等感と焦燥感と敗北感のミルフィーユ

26才営業職女性が過去の思い出にすがり続ける無様な様子。

自分の意思で生まれてきた人間は一人もいない

この世に自分の意思で生まれてきた人は一人もいない。
けれど、ひと度生まれてきてしまえば、死ぬまでの人生は自己責任。
ただ生きるだけでもお金はかかるので、
莫大な遺産を受け取ることが出来る人以外のすべての人は、基本的には働かなければならない。

このような状況下で、自分の「出来ること」と「やりたいこと」が一致した幸せな人はほんの一握りだと思われる。
やりたいことで生きる為に死ぬ気で努力した人もいるだろう。そんな人々のことは心底尊敬する。

私はというと、これから生きていく上で最低限必要なお給料と当面の安定を手に入れる為、
正社員として就職し、気が付けば5年目を迎えていた。

入社から4年間、営業適性がないことを絶えず感じながら、なんだかんだやり過ごしてきた。
入社当初の焦りから冷静さを取り戻し、
俯瞰的に見てみれば、適性のない私でも続けられる程「ゆるい」会社だと気が付いたからだ。
それならばと、いかにして低燃費な会社員生活を送るかを最重要課題として、割り切って過ごしてきた。

その分、友人らと比較すれば収入は少ないと思われる。
ブラック企業でもない限り、
基本的には働きに見合うお給料が支給され、また、支給される金額を上限とした働きをするものが会社員だと考えている。

だから私には、興味の欠片もないこの仕事をする為に、
シャカリキになって働こうという気が1ミリたりとも沸いてこない。

それでも、そういう人が視界に入る環境にいるとさすがに、自分の無能さに嫌気が差し、いつもの自己嫌悪が止まらなくなる。

そしてまた、冒頭の考えに至る訳だけれど、
これは結局、努力しない言い訳を無理矢理作り出して、
自分に言い聞かせているだけな気がしてきた。