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劣等感と焦燥感と敗北感のミルフィーユ

22才・大学4年・彼氏なし・友達極少・世界的に見れば恵まれた環境下にいながらも、毎日毎日憂鬱さを感じざるを得ない一般庶民の戯言

喪女が喪女たる所以

 

あらかじめ断っておくと、

このブログは「脱喪女」を謳ってはいるものの、私は現在喪女ど真ん中・喪女中の喪女・トップオブ喪女・現在進行形で喪女ing、って訳で、

脱喪女に向けて合コンに明け暮れたり、自分磨きに励んでいる様子を綴ったブログではありません。

 

 

「あ~、なんで今日も喪女なんだろうな~」

「今日は楽しかった~!…でも、私は喪女だってことを忘れちゃだめだ!」

「結婚できるのかな~」「就職できるかな~」

 

 

大方このような生産性のないような文章を書いて捨てるだけのブログですので、悪しからず。

 

 

私は喪女だから、異性と寄り添いながら歩いたことなんてありません。

せいぜい隣を歩くくらい。腕を組んで歩いたことなんてないね。

そんなカップルを見ると、素直にうらやましい。

高校生の頃までは、ささやかな幸せに憧れを抱いていました。

例えば、好きな人に「大好き」と伝えて、「俺も」なんて言ってもらえる妄想をするだけで満たされた気持ちになれたものです。

実際に、好きな人と「おはよう」とか「ばいばい」なんて言葉を交わせただけで、その日はもう幸せな一日とカウントしていました。

 

それがいつからでしょう、ささやかな幸せにすら到達することができず、知らぬ間に憧れは肥大化し、無意識のうちに身の丈に合わない理想を抱くようになってしまったのです。

 

口先ではいつも、

「タイプなんてないよ、誰でも拾ってくれるだけでありがたい。」

なんて言っていますし、実際にそう思っているのです。

しかし、ふとした時に「こんな恋人がほしいな~」とか「こんな人と付き合えたら最高に幸せだろうな~」と考えている理想が、全然身の丈に合ってないのです。

 

おそらく、若いときに恋愛経験を積んでおかなかったおかげで、付き合うとかそういうことが未知の領域になりすぎて、感覚がバカになってしまったのでしょう。

 

今でも私は付き合えるなら誰でもいい、そう思っています。

 

しかしどうでしょう、恋愛経験の全くない私に、どんな相手が来ても捌けるほどの器量があるだろうか。いや、ない。

 

は~、私に恋人ができる日なんて来るのだろうか。